矢野裁判において裁判所が認定した
公明党の重鎮(元国会議員黒柳明他2名)らによる証拠偽造
裁判所が認定したOB議員らの証拠偽造
「控訴人らが被控訴人矢野とのやり取りを録音したのは、本件のような訴訟に備えてのものであると推認されるところ、訴訟における原本主義に鑑(かんが)みれば、(中略)証拠の保管ないし提出方法において著(いちじる)しく不自然な点があるといわなければならない。」(高裁判決文三八頁)
「本件音声データは、被控訴人矢野宅において録音された当時の音声データについて、その後に削除(さくじょ)等の加工を施(ほどこ)されたものと認められる。」(高裁判決文四〇頁)
卑劣な証拠偽造は池田の指導の賜物(たまもの)!?
録音内容を改ざんしたOB議員ら
矢野氏に対する脅迫(きょうはく)的言辞を削除(さくじょ)
矢野氏の「黒い手帳」をめぐる裁判では、本紙が前号で報じた、創価学会・公明党の幹部らによる暴力団顔負けの脅迫の他にもう一つ、彼らの信じ難(がた)い謀略工作の一部始終が、裁判所によって認定されている。すなわち、公明党元国会議員らが矢野氏との会話を隠し録りした上で、裁判所を欺(あざむ)こうと、その音声データを都合よく改ざんして提出した、という事実である。
平成十七年五月、公明党OB議員会中央本部の最高幹部ら三人が、都合四回にわたって矢野氏宅に押し掛けた。その目的は、矢野氏が議員時代に書き留めた「黒い手帖」などの資料を収奪することだった。
そしてその際、三人は、矢野氏とのやりとりの一部始終を、矢野氏に気付かれぬよう、密かに隠し録(ど)りしていたのである。
この時の模様を「手帖強奪」と報じた『週刊現代』を、同年七月に三人が名誉毀損であるとして訴えたことで、「黒い手帳」をめぐる一連の裁判が始まったわけだが、隠し録りとはいえ、OB議員らの側には会話の一切を記録した音声データがあるのだから、訴訟を起こした時点でそれを提出したならば、彼らが「黒い手帖」を強奪したのかどうかは、即座に判断を下すことができたはずである。
しかし、OB議員らには、それができなかった。なぜなら、その音声データには、彼らが矢野氏を脅迫して家捜しする様子が記録されていたからだ。
さて、OB議員らはどう出たか――。
裁判が進み、平成十八年十二月十五日、矢野氏への証人尋問が行なわれると、OB議員らの側の弁護士は、矢野氏に対し、「事件当日の模様を録音してはいないか」と、しつこく聞いてきた。
これに対し、矢野氏が「録音はしていない」と答えると、彼らは、平成十九年三月九日になって初めて〝事件当日の会話を録音した音声データがある〟と、隠し録りしていた音声データを裁判所に提出した。
つまり、彼らは、矢野氏が物的証拠をもって反証できないことを確認した上で、裁判所に音声データを提出した、ということになる。
そして、裁判所に提出された音声データからは、実際には録音されていたはずの露骨(ろこつ)な脅迫の様子が、見事に消し去られていたのである。
「実際にあったはずのやりとりがない」――このため矢野氏側は、音声データの原本を提出するよう要求した。
これに対しOB議員らの側は、〝原本は、コンピューターに複写する際に消去した〟〝複写に使ったコンピューターは、壊(こわ)れたために廃棄してしまった〟との理由をつけ、結局、原本データを提出できなかったのである。
裁判所が証拠偽造を明確に認定
三人の代理人弁護士は学会大幹部!
これについて、高裁の確定判決では、まず
「矢野とのやり取りを録音したのは、本件のような訴訟に備えてのものであると推認されるところ、訴訟における原本主義に鑑(かんが)みれば、(中略)証拠の保管ないし提出方法において著しく不自然な点があるといわなければならない」(高裁判決文三八頁)
と、OB議員らの不自然な主張を厳しく指弾。
さらに、五ヵ所にわたって音声データが改ざんされている部分を指摘。その根拠を明示した上で、
「本件音声データは、被控訴人矢野宅において録音された当時の音声データ(第一次記録媒体に記録されていた内容)について、その後に削除等の加工を施されたものと認められる」(高裁判決文四〇頁)と、OB議員らは証拠を改ざんした、と断じたのである。
なお、東京高裁は、この音声データの矛盾(むじゅん)点を判断するにあたり、正確を期するため、わざわざ矢野氏宅まで赴(おもむ)き、異例の実地検証を行なった。
その成果は判決文にも十二分に反映されており、例えば、平成十七年五月三十日に録音されたとする音声データについては三ヵ所、改ざんの事実を指摘しているが、そのうちの一ヵ所については
「三階の矢野の部屋(寝室)にギターが置いてあり、矢野自身がこれを鳴らしているが、ギターと扉とは四m余り離れていた(当審における検証)にもかかわらず、扉の音とギターの音が短時間のうちに連続して録音されており、そのように連続して音を発生させるためには、矢野において極めて迅速に移動しなければならないことになるが、当時の状況や同人の年齢から認められる運動能力に照らせば、そのような迅速な移動は困難である上に、控訴人らのギター談義を無視して同人において迅速な移動をしなければならない必要性はない。
付加するに控訴人らは、矢野の部屋(寝室)を捜索するために入室したにもかかわらず、同部屋を捜索した気配が全く録音されておらず、検証における控訴人らの説明も同部屋を素通りしたことを前提になされている」(高裁判決文三九頁)
と、実地検証の結果に則(のっと)り、OB議員らの側の虚構を完全に粉砕しているのである。
これでは〝証拠偽造〟と断じられても仕方あるまい。
訴訟になった時のために会話を隠し撮りし(高裁は、「録音結果がなごやかな雰囲気となることを意図して、表面上強い口調や大声を出すことを避け、会話中にあえて笑いを交えていた」とも認定)、いざ訴訟となれば、相手に直接の反証手段がないことを確認した上で、相手を陥(おとしい)れるため、証拠偽造した音声データを平然と裁判所に提出する――これが、今回の裁判で明らかになったOB議員側の悪らつな謀略行為であり、しかも、彼らを弁護していたのは、学会員弁護士(副会長・新堀某、全国副青年部長・海野某ら)だったのである。
「この師にしてこの弟子あり」!
謀略を推奨していた池田大作
世間一般の感覚からすれば、法廷は神聖な場所であるのに、そこに提出する証拠を偽造する、などということは、異常きわまりない行為である。
そんな行為を、長年、立法府にいて、遵法(じゅんぽう)精神も持ち合わせているはずの公明党元国会議員らが平然とやってのけたのだ。司法を愚弄(ぐろう)して恬(てん)として恥じない彼らは、いったい何を規範としているのだろうか――。
考えられるのはただ一つ、彼らにとって、最も尊敬する永遠の師匠である池田大作教祖の、次のような指導が、彼らの行動規範になっている、ということだ。
「口八丁手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためならみんな謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心のため、信心を守るため、学会を守るためだ。」(昭和五十一年六月一日・扶桑研修所)
「全員が『勝つ』と強く決めていけ! 勝つか負けるか。やられたらやりかえせ。世間などなんだ! 私は恐れなど微塵(みじん)もない。勇者は私だ。私だけ戦っている。強気でいけ! 強気で勝つんだ! 強気、強気、強気でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。」(平成元年三月十二日、埼玉)
こんな指導を有り難く受け続けていたら、何を差し置いても、創価学会と池田大作を守り通すことこそが、国法に優先する最重要課題である、と考えるようになって不思議はない。
してみれば、これまで創価学会が行なってきた数々の訴訟において、創価学会側が提出した証拠についても、大いに疑問を感じるのが当然だ。
いずれにせよ、今回の裁判によって、あらためて創価学会・公明党の体質が明らかになったことは間違いない。
なお、問題の「黒い手帖」をはじめとする、OB議員らが持ち去った矢野氏の資料は、最高裁での判決確定を受け、渋々、十月六日になって矢野氏に引き渡された。
その膨大(ぼうだい)な資料の中からは、いったい何が飛び出すのだろうか。
矢野氏は過日行なわれたシンポジウムの席上、
「自分の年齢から考えても、手帖の内容の全てをものに書いていくというのは不可能だと思っているが、せめて、書かないにしても記録として、その手帖を大事に遺(のこ)しておきたい。
場合によっては手帖を公の機関に寄贈し、みんなが見れるような状況にすることがあってもよい」
と語っているが、どのような形にせよ、手帖に書かれた創価学会・公明党の実像が、一日も早く公開されることを願うものである。