本紙を怨嫉する学会のデマ機関紙『創価新報』の悪口誹謗を叱る!
枚挙に暇なき「嘘」「捏造」「ゴマカシ」
昨年来、創価学会機関紙『創価新報』が、大きく紙面を割(さ)いて本紙に対する誹謗(ひぼう)を続けてきた。
その主たる内容は――〝本紙掲載の記事が死亡した学会員の名誉を毀損(きそん)した〟等として提起された訴訟において、一審・東京地裁は、本紙が日蓮正宗を信ずる有志によって自発的に編集されているという実態を適確に認め、日蓮正宗等には編集責任が及ばない、とする正当な判決を下していた。ところが二審では一転して、学会側の悪宣伝を丸々取り入れ、本紙を〝日蓮正宗の機関紙以上の役割を果たしている新聞〟などと決めつけ、日蓮正宗等に編集責任あり、とする不当判決が下った。このことを奇貨として、『新報』紙上で大々的に本紙を攻撃するキャンペーンを張り、何としても宗内で本紙を孤立させ、廃刊に追い込もうとしたもの――であった。
本紙としては、前掲の名誉毀損訴訟がいまだ係争中(判決を不服として上告中)であるため、あえて反論をせず裁判の成り行きを見守っていたのだが、そうしたところ、ここぞとばかり『新報』は、狂ったように誹謗キャンペーンを続けてきたのである。この辺に、創価学会がいかに本紙を憎み、怨んでいるか、その存念がよく表われている、と言ってよい。
そして、一月二十一日付『新報』では、もはや、どんな嘘を書いても反論されない、とでも思ったのか、過去に本紙から粉砕され、煮え湯を飲まされてきた事柄を再びねじ曲げて報道、それこそ嘘・嘘・嘘のオンパレードをもって、本紙を「虚報、捏造、デッチ上げ」の「デマ新聞」である等と大宣伝したのである。
これには、さすがに本紙読者からも、「このまま『新報』を放置すべきでない」「許せない」等と反論を望む声が寄せられたため、この際、一月二十一日付『新報』の誹謗記事を砕いておくことにした次第である。以下、その概要を述べていく。
①二審で訴えを取り下げながら、一審判決を報道して読者を欺く
『新報』は、本紙の投稿記事が学会副会長の名誉を毀損したとして、昨年一月に、本紙発行人と執筆者に「東京地裁から総額55万円の損害賠償の支払いを命ずる判決が下った」などと書き殴った。
だが実際は二審・東京高裁において、この学会副会長は裁判所からの強い和解勧告に従い、一審での本紙発行人と執筆者に対する一部勝訴(55万円の賠償)を放棄し、自らの訴えを取り下げているのである。
これにより、本紙記事が損害賠償を支払うような内容ではない、ということが明らかとなったにも拘わらず、『新報』はすでに無効となった一審判決を確定判決であるかのごとく報道し、平然と読者を欺(あざむ)いたのだ。まったく別名『ウソか新報』の面目躍如(めんぼくやくじょ)、といったところではないか。
②マッチポンプで本紙を陥れようと謀る
『新報』は、本紙が米国の9・11同時多発テロに関連して「諸天の瞋(いか)りを恐るべし」との見出し記事を載せたことにつき、本紙がテロを「日顕(上人)を誹謗した仏罰である」と報じた、などとし、「米国のマスコミからも厳しく糾弾された」と書いた。
だが昨年七月、これに関連する裁判で東京高裁は、学会側の主張・宣伝している内容は「(本紙記事の)意図するところをかなり曲解しているものといわざるを得ない」と認定。
また、「米国のマスコミ」を使って大騒ぎを起こそうとした人物も、熱心な学会員ジャーナリストであることが発覚し、これがマッチポンプという手口で本紙を陥(おとしい)れようとした、学会の謀略であることが明らかとなったのである。
③盗聴騒動の真相を隠蔽
『新報』は、「裁判で妙観講と講頭・大草の関与が疑うに充分と断罪された盗聴事件」云々と書いた。
だが、その「裁判」の判決文に「結局、盗聴を指示したのが誰だったかはわからないと云うべきである」と結論付けられていることや、それより後に行なわれた別件裁判において、あらためて裁判所が証拠を精査した結果として「妙観講及び大草講頭が盗聴を行なったとの事実を真実と認めることはできない」「妙観講が盗聴に関与したと認められるような証拠はない」と明確に否定する判決が確定していることを、『新報』はあえて隠しているのだ。
都合の悪い結論を隠蔽(いんぺい)し、利用できそうな言葉だけを拾い出して大々的に報道する――これでは全くの嘘をタレ流しているのと同じであり、これが、いつもの『ウソか新報』の悪辣(あくらつ)な手口なのである。
④合成写真作成をごまかす無節操
平成五年一月、本紙が『新報』のデッチ上げた日顕上人の合成写真事件を糾弾した際、写真中の「ハカマの柄」と「不自然な首の影」を合成の根拠として挙(あ)げたことがあった(実際は「ハカマ」や「首」どころか、背景全体を全く作り替え、人物を消し去る等、大がかりな合成と偽造をしていたことが判明、その違法性は東京高裁でも認定された)。
しかるに『新報』は、本紙の挙げた「ハカマの柄」と「首の影」は合成ではなかった、として、自ら合成写真を作成・掲載したこと自体をゴマカシてしまおう、というのである。
盗っ人猛々(たけだけ)しいとは、このことだ。『新報』が合成写真事件を「事実無根」というのなら、その合成写真作成の過程を暴(あば)いたビデオの公開映写会を開いてあげる用意もある。いつでも申し込んでくるがよい(どうせ、できぬだろうが)。
⑤「日顕上人の経歴」という呆れた嘘
『新報』は、「日顕(上人)の経歴もデッチ上げ」などという見出しを付け、まったくお門違いな悪口を書いている。
それは、十五年前に本紙が『新報』の誹謗記事を破した中で、日顕上人の母方の御祖父(石川貴知氏)の前妻(たきさん)が、「アメリカに渡って小料理屋を開く」と言って出国、その後の行方はわからない、と報じたことについて、たいした根拠もなく「それらは、まったく事実と異なるデッチ上げだった」などと悪態をついたもの。
だが、この記事より酷(ひど)いのは、なんと、この記事の冒頭には「日顕(上人)の経歴もデッチ上げ」などという、内容とは全くかけ離れた見出しが付いているのである。
〝母方の御祖父の前妻の消息〟という話が、どうして〝日顕(上人)の経歴〟という話になるのだ!?
いくら、読者の学会員が見出ししか読まないから、見出しで騙(だま)しておけばよい、と思ったにしても、あまりに読者を愚弄(ぐろう)しているではないか。これぞ『ウソか新報』の真骨頂(しんこっちょう)というところか。
⑥日開上人御遷化に関する中傷
かつて『新報』が、第六十世日開上人の御遷化(ごせんげ)に日顕上人が間に合わなかった、という事柄を取り上げ、好き放題に妄想して中傷したことにつき、本紙・平成六年五月一日号および平成八年三月一日号(第七六号)において木っ端微塵(みじん)に破折を加えた。
これに対し、まともな反論もできなかった『新報』が、呆(あき)れたことに今回、「『慧妙』の記事はまったくの事実無根」「その後、この問題については反論不能に陥(おちい)ってしまった」などと書いている。
これは、あたかも首を刎(は)ねられた鶏(にわとり)が、それに気付かず走り回っているようなもので、まったく無様としか言いようがない体たらくだ。『新報』編集子には、日開上人御遷化に関する中傷についてはすでに破折済みであるから、よく両の目を開いて読み直せ、と言っておく。
⑦不都合な「通諜」を否定しようと悪あがき
『新報』は、「すでに偽造文書であることがはっきりしている『通諜』なる文書」を本紙が持ち出した、だの、「デマ騒ぎ」だのと言って、戦時中に戸田理事長が作成した「通諜」を否定し去ろうとしている。
だが、平成五年六月から九月にかけ、本紙と学会謀略文書『地涌』との間で、この「通諜」の実在をめぐって激しい応酬を繰り返す過程で、学会側は反論不能に陥り、完全に沈黙。「通諜」の真実性が明らかになったのである。
それを、十五年も経てば、あの時の醜態(しゅうたい)を覚えている者もいないだろう、くらいに思ってか、「すでに偽造文書であることがはっきりしている『通諜』……」などと知らん顔で書くのだから、呆れた恥知らずという外はない。
⑧妙本寺墓地訴訟でも白を黒と強弁
『新報』は、平成十八年十二月に和解が成立した「妙本寺墓地訴訟」についても、「原告である墓地使用者(学会員)側の請求を受け入れる形で和解した」などと、全く正反対の嘘を書いて、本紙の報道を「デマ」であると全面否定している。
『新報』編集子は、和解条項を確認もせずに記事を書いているのか、それとも謗法の果報で日本語すら理解できなくなったのか、もはや、ここまでくると異常としか言いようがない。
『新報』編集子よ、もう一度、和解条項を読み直してみよ! その上で、まだ自らの誤りに気付けないというのなら、決着がつくまで徹底的に争ってもかまわないが、どうか。
以上、一事が万事で、『創価新報』の「虚報、捏造、デッチ上げ」を挙げようとしたら、文字どおり枚挙に暇(いとま)がない。
これまで(『新報』が合成写真を作って掲載したことが発覚した時をはじめ)、幾度も勧告してきたが、こんな悪辣なデマ新聞はさっさと廃刊にした方が世の中のためだ。日本の文化と平和のため、『ウソか新報』は一日も早く廃刊せよ。
【慧妙 平成21年2月16日号より転載】