去る十月二十一日、警視庁・西新井警察署は、同署管内で本年八月二日に起きた、法華講員に対する暴行事件につき、被害者である法華講員の告訴状を受理した。
事件は、八月二日の午後に発生した。
被害者である法華講員の伊藤和彦氏が、東京都足立区内において「政教分離を考える会」(小川賴宣代表)発行の「公明党は創価学会の教義を実現するために作られた政党です」と題するビラを配布していたところ、三人の自転車に乗った男が現れ、口々に「何をしているんだ」「そんなもの配っていいのか」などと言いながら、伊藤氏の進路を妨げ、ビラ配布を妨害してきた。
やむなく伊藤氏は、駐車場に止めた自分の車に戻ろうと歩き出した。
しかし、男たちはそれだけでは収まらなかった。伊藤氏の後を追いかけて、逃げる伊藤氏に追いつくなり、一人がいきなり、手にしていた傘の先で伊藤氏の背中を強く突き、さらに伊藤氏の前方に回り込むと、伊藤氏の右目をめがけて突いてきたのだ。
伊藤氏が眼鏡をかけていたことが幸いし、致命傷こそ免(まぬが)れたものの、伊藤氏は外傷性緑内障・外傷性前房出血という重傷を負い、一時、右目の視力・視野がほとんど失われてしまったのである(事件後三ヶ月が経過した現在、ようやく回復してきた)。
残念ながら加害者の身柄は確保されていないが、加害者が配布を阻止(そし)しようとしたビラは、創価学会と公明党との関係を指摘したものであったことや、学会男子部が組織を挙(あ)げてビラ配布を阻止すると宣言していたことからして、犯人像は誰にでも見当がつこうというもの。今回、刑事告訴が受理されたことにより、加害者の逮捕および背後関係の解明が進むことが期待される。
なお、「政教分離を考える会」が発行するビラの配布に関しては、昨年十一月にも、配布していた法華講員二人が複数の学会員に襲(おそ)われて負傷する事件が起き(本紙平成二十年十二月一日号に詳報)、現在、加害者である学会員との間で訴訟が続いている。
正当な言論活動さえ暴力で封殺しようとする創価学会員――。その横暴を封じるには、暴力にも屈しない強い意志と、それを支える信仰、そして勇気ある実行力が必要不可欠だ。
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警視庁・西新井警察署、告訴状を受理
2009年11月25日 水曜日公明党の重鎮(元国会議員黒柳明他2名)らによる証拠偽造
2009年11月12日 木曜日矢野裁判において裁判所が認定した
公明党の重鎮(元国会議員黒柳明他2名)らによる証拠偽造
裁判所が認定したOB議員らの証拠偽造
「控訴人らが被控訴人矢野とのやり取りを録音したのは、本件のような訴訟に備えてのものであると推認されるところ、訴訟における原本主義に鑑(かんが)みれば、(中略)証拠の保管ないし提出方法において著(いちじる)しく不自然な点があるといわなければならない。」(高裁判決文三八頁)
「本件音声データは、被控訴人矢野宅において録音された当時の音声データについて、その後に削除(さくじょ)等の加工を施(ほどこ)されたものと認められる。」(高裁判決文四〇頁)
卑劣な証拠偽造は池田の指導の賜物(たまもの)!?
録音内容を改ざんしたOB議員ら
矢野氏に対する脅迫(きょうはく)的言辞を削除(さくじょ)
矢野氏の「黒い手帳」をめぐる裁判では、本紙が前号で報じた、創価学会・公明党の幹部らによる暴力団顔負けの脅迫の他にもう一つ、彼らの信じ難(がた)い謀略工作の一部始終が、裁判所によって認定されている。すなわち、公明党元国会議員らが矢野氏との会話を隠し録りした上で、裁判所を欺(あざむ)こうと、その音声データを都合よく改ざんして提出した、という事実である。
平成十七年五月、公明党OB議員会中央本部の最高幹部ら三人が、都合四回にわたって矢野氏宅に押し掛けた。その目的は、矢野氏が議員時代に書き留めた「黒い手帖」などの資料を収奪することだった。
そしてその際、三人は、矢野氏とのやりとりの一部始終を、矢野氏に気付かれぬよう、密かに隠し録(ど)りしていたのである。
この時の模様を「手帖強奪」と報じた『週刊現代』を、同年七月に三人が名誉毀損であるとして訴えたことで、「黒い手帳」をめぐる一連の裁判が始まったわけだが、隠し録りとはいえ、OB議員らの側には会話の一切を記録した音声データがあるのだから、訴訟を起こした時点でそれを提出したならば、彼らが「黒い手帖」を強奪したのかどうかは、即座に判断を下すことができたはずである。
しかし、OB議員らには、それができなかった。なぜなら、その音声データには、彼らが矢野氏を脅迫して家捜しする様子が記録されていたからだ。
さて、OB議員らはどう出たか――。
裁判が進み、平成十八年十二月十五日、矢野氏への証人尋問が行なわれると、OB議員らの側の弁護士は、矢野氏に対し、「事件当日の模様を録音してはいないか」と、しつこく聞いてきた。
これに対し、矢野氏が「録音はしていない」と答えると、彼らは、平成十九年三月九日になって初めて〝事件当日の会話を録音した音声データがある〟と、隠し録りしていた音声データを裁判所に提出した。
つまり、彼らは、矢野氏が物的証拠をもって反証できないことを確認した上で、裁判所に音声データを提出した、ということになる。
そして、裁判所に提出された音声データからは、実際には録音されていたはずの露骨(ろこつ)な脅迫の様子が、見事に消し去られていたのである。
「実際にあったはずのやりとりがない」――このため矢野氏側は、音声データの原本を提出するよう要求した。
これに対しOB議員らの側は、〝原本は、コンピューターに複写する際に消去した〟〝複写に使ったコンピューターは、壊(こわ)れたために廃棄してしまった〟との理由をつけ、結局、原本データを提出できなかったのである。
裁判所が証拠偽造を明確に認定
三人の代理人弁護士は学会大幹部!
これについて、高裁の確定判決では、まず
「矢野とのやり取りを録音したのは、本件のような訴訟に備えてのものであると推認されるところ、訴訟における原本主義に鑑(かんが)みれば、(中略)証拠の保管ないし提出方法において著しく不自然な点があるといわなければならない」(高裁判決文三八頁)
と、OB議員らの不自然な主張を厳しく指弾。
さらに、五ヵ所にわたって音声データが改ざんされている部分を指摘。その根拠を明示した上で、
「本件音声データは、被控訴人矢野宅において録音された当時の音声データ(第一次記録媒体に記録されていた内容)について、その後に削除等の加工を施されたものと認められる」(高裁判決文四〇頁)と、OB議員らは証拠を改ざんした、と断じたのである。
なお、東京高裁は、この音声データの矛盾(むじゅん)点を判断するにあたり、正確を期するため、わざわざ矢野氏宅まで赴(おもむ)き、異例の実地検証を行なった。
その成果は判決文にも十二分に反映されており、例えば、平成十七年五月三十日に録音されたとする音声データについては三ヵ所、改ざんの事実を指摘しているが、そのうちの一ヵ所については
「三階の矢野の部屋(寝室)にギターが置いてあり、矢野自身がこれを鳴らしているが、ギターと扉とは四m余り離れていた(当審における検証)にもかかわらず、扉の音とギターの音が短時間のうちに連続して録音されており、そのように連続して音を発生させるためには、矢野において極めて迅速に移動しなければならないことになるが、当時の状況や同人の年齢から認められる運動能力に照らせば、そのような迅速な移動は困難である上に、控訴人らのギター談義を無視して同人において迅速な移動をしなければならない必要性はない。
付加するに控訴人らは、矢野の部屋(寝室)を捜索するために入室したにもかかわらず、同部屋を捜索した気配が全く録音されておらず、検証における控訴人らの説明も同部屋を素通りしたことを前提になされている」(高裁判決文三九頁)
と、実地検証の結果に則(のっと)り、OB議員らの側の虚構を完全に粉砕しているのである。
これでは〝証拠偽造〟と断じられても仕方あるまい。
訴訟になった時のために会話を隠し撮りし(高裁は、「録音結果がなごやかな雰囲気となることを意図して、表面上強い口調や大声を出すことを避け、会話中にあえて笑いを交えていた」とも認定)、いざ訴訟となれば、相手に直接の反証手段がないことを確認した上で、相手を陥(おとしい)れるため、証拠偽造した音声データを平然と裁判所に提出する――これが、今回の裁判で明らかになったOB議員側の悪らつな謀略行為であり、しかも、彼らを弁護していたのは、学会員弁護士(副会長・新堀某、全国副青年部長・海野某ら)だったのである。
「この師にしてこの弟子あり」!
謀略を推奨していた池田大作
世間一般の感覚からすれば、法廷は神聖な場所であるのに、そこに提出する証拠を偽造する、などということは、異常きわまりない行為である。
そんな行為を、長年、立法府にいて、遵法(じゅんぽう)精神も持ち合わせているはずの公明党元国会議員らが平然とやってのけたのだ。司法を愚弄(ぐろう)して恬(てん)として恥じない彼らは、いったい何を規範としているのだろうか――。
考えられるのはただ一つ、彼らにとって、最も尊敬する永遠の師匠である池田大作教祖の、次のような指導が、彼らの行動規範になっている、ということだ。
「口八丁手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためならみんな謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心のため、信心を守るため、学会を守るためだ。」(昭和五十一年六月一日・扶桑研修所)
「全員が『勝つ』と強く決めていけ! 勝つか負けるか。やられたらやりかえせ。世間などなんだ! 私は恐れなど微塵(みじん)もない。勇者は私だ。私だけ戦っている。強気でいけ! 強気で勝つんだ! 強気、強気、強気でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。」(平成元年三月十二日、埼玉)
こんな指導を有り難く受け続けていたら、何を差し置いても、創価学会と池田大作を守り通すことこそが、国法に優先する最重要課題である、と考えるようになって不思議はない。
してみれば、これまで創価学会が行なってきた数々の訴訟において、創価学会側が提出した証拠についても、大いに疑問を感じるのが当然だ。
いずれにせよ、今回の裁判によって、あらためて創価学会・公明党の体質が明らかになったことは間違いない。
なお、問題の「黒い手帖」をはじめとする、OB議員らが持ち去った矢野氏の資料は、最高裁での判決確定を受け、渋々、十月六日になって矢野氏に引き渡された。
その膨大(ぼうだい)な資料の中からは、いったい何が飛び出すのだろうか。
矢野氏は過日行なわれたシンポジウムの席上、
「自分の年齢から考えても、手帖の内容の全てをものに書いていくというのは不可能だと思っているが、せめて、書かないにしても記録として、その手帖を大事に遺(のこ)しておきたい。
場合によっては手帖を公の機関に寄贈し、みんなが見れるような状況にすることがあってもよい」
と語っているが、どのような形にせよ、手帖に書かれた創価学会・公明党の実像が、一日も早く公開されることを願うものである。






公明党の実績
2009年10月27日 火曜日これが自公政権10年間の実績だ!
インド洋とイラクへの自衛隊派遣を実現
国と地方の借金が合計二百兆円も増加
平均所得を下回る世帯数が六割に増加
正規雇用率が75%から66%に減少
失業率を、ついに5.7%にまで押し上げ
自殺者数、年間3万人以上を維持
矢野裁判において裁判所が認定した創価学会・公明党の正体!
2009年10月6日 火曜日矢野裁判において裁判所が認定した創価学会・公明党の正体!
創価学会の人権侵害と暴力体質を見よ
この異常な宗団から脱会しよう!
〝組織を挙(あ)げて命を狙(ねら)う〟とした脅迫内容
「創価学会青年部が怒っている。」(高裁判決文一七頁)
「青年部は跳(は)ね上がっている。矢野の命も危ない。」(高裁判決文一七頁)
「土下座しろ。」(高裁判決文一九頁)
「人命にかかわるかもしれない。」(高裁判決文一九頁)
「あなたは息子がどうなってもよいのか。」(高裁判決文一九頁)
「それを渡さないと皆怒り狂って何が起こるか分からない。」(高裁判決文二〇頁)
「渡さないなら覚悟はできていますね。」(高裁判決文二〇頁)
「重大なことと言えば分かるだろう。矢野さんの身に危険が迫る。」(高裁判決文二七頁)
「どうしてもだめなら、全党挙げて矢野をつけねらう。」(高裁判決文三三頁)
「要求を拒(こば)めば、これらの多数の創価学会員ないし公明党員が矢野及びその家族に対してどのような危害を加えるかもしれない。」(高裁判決文四一頁)
上記の発言をご覧いただきたい。
これらは巷(ちまた)の暴力団員が吐(は)いた言葉ではない。歴(れっき)とした宗教法人・創価学会の副会長や青年部幹部、さらには公明党OB議員らの口から出た言葉である。
本紙前号で報じたように、矢野氏の「黒い手帖」にまつわる裁判は、創価学会・公明党の、あらゆる手段を弄(ろう)して服従させようとする暴力体質、必要とあれば証拠の改ざんまでして〝敵〟を陥(おとしい)れようとする謀略体質を、司法がしっかりと認識した、という点で、大きな意義があった。
その裁判の中で、上記のような脅迫的言辞(げんじ)を、創価学会幹部や公明党OB議員が矢野氏に対して発言していた「事実」が認定されたのだ。
周知のように創価学会は、日本最大の新興宗教団体である。
その機関紙である『聖教新聞』の一面には、ほぼ毎日のように、「創価学会の永遠の指導者」である池田大作が、その人間性を認められて世界中から顕彰されている、とする記事が掲載されている(その顕彰の有り様は、まるで最近ヒットした映画『二十世紀少年』に出てくる「ともだち」のようだ)。
しかし、その池田大作の間近(まぢか)にいて、日々薫陶(くんとう)を受けてきた最高幹部らの口から出た言葉は、暴力団も顔負けの脅迫的言辞だったのである。
このことから窺(うかが)われるのは、池田大作が実際に彼らに教え込んできたのは、創価学会絶対主義であり、たとえ少しでも創価学会を批判した者は徹底的に排斥(はいせき)し、追い詰めていく、創価学会流の原理主義だったのであろう、ということだ。
創価学会はこれまでの歴史の中で、数々の反社会的事件を起こし、そのたびに社会から糾弾(きゅうだん)されてきた。練馬投票所襲撃(しゅうげき)事件しかり、言論出版妨害事件しかり、日本共産党議長・宮本顕治邸盗聴事件しかりである。
しかるに、これらの事件について創価学会は、常に〝一部の者による行きすぎた行為だった〟と弁明。創価学会そのものへの批判を必死に躱(かわ)してきた。
だが、さすがに今回だけはそうはいかない。なぜなら、矢野氏への脅迫は、現職の副会長や青年部幹部ら、さらには公明党OB議員ら、池田から直接薫陶を受けてきた首脳幹部らが引き起こしたからである。
されば、当然のことながら、最高指導者・池田大作の指導性こそ問われてしかるべきであろう。
言論出版妨害事件の際、後に第四代会長となる北條浩は、学会批判書を著(あらわ)した隈部大蔵氏に対して「創価学会は『象』、それも巨象だ。これに比べてお前は一匹の『蟻(あり)』だ。創価学会を批判する輩(やから)に対しては、たとえ一匹の蟻といえども象は全力をもって踏(ふ)みつぶすのだ」「学会の青年部は純真で、情熱的で、行動力に富んでいる。したがって創価学会を批判するような不心得者に対しては、最高幹部の命令とあれば、命令一下、どんなことでも実行する信念と行動力を持っていることを、よく覚えておけ」と恫喝(どうかつ)したという。
あの日本中を震撼(しんかん)させた驚くべき事件から、すでに約四十年が経過した。
この間、創価学会では、池田大作自らが事件を深く反省し、社会に謝罪した上で、学会の体質を改めてきたはずであったが、じつは、あの時の謝罪は、創価学会なかんずく池田大作への批判をかわすためだけの、世間を欺(あざむ)く行為でしかなかったのである。
そして今回、矢野氏の裁判によって、池田創価学会の体質は、今も何一つ変わっていないことが証明されたのだ。
創価学会員の諸氏よ、これでもなお学会・公明党を信じて、ついて行くのか!?


池田の日本支配計画破綻
2009年9月25日 金曜日池田の日本支配計画破綻
8・30衆院選の壊滅的惨敗で
公明、政権から転落
ピーク時議席の半分以下に
学会の勢力後退は明白
去る八月三十日に投開票の衆議院選挙において、自公連立与党は敗北し、公明党も結党以来の歴史的大惨敗を喫(きっ)した。
このたびの総選挙は、政権交代を賭けた重大な選挙であると共に、仏法上でいえば、大謗法団体である創価学会(=公明党)を国家権力から切り離すことができるか、どうかのかかった、文字どおり〝天下分け目の決戦〟であった。
それだけに、七月の幹部会において、会長の原田某は
「いかに権力の魔性が牙(きば)をむき(※自分達が国家権力を手にしている側なのに、何をかいわんや)、暴風が吹き荒れようとも、我々は必ず勝つ。この信念で、来たる衆院選も祈り抜き、戦い抜き、断じて勝ち抜いてまいりたいと思いますが、いかがでしょうか!」
と檄(げき)を飛ばし、男子部長の棚野某も
「いまこそ池田門下の底力を満天下に示すとき」
などとぶち上げた。
だが、その「信念」と「底力」を満天下に示した結果は、冒頭に述べたとおり、目も当てられぬものとなった。
従来、学会の固い組織票によって支えられてきた公明党は、得票数の極端な変動がないため、全体の投票率が低くなればなるほど結果は有利になり、逆に、全体の投票率が七〇%以上に上がってしまえば敗北する、といわれてきたが、今回の総選挙の投票率は六九・二八%まで上がったばかりか、公明党自体の得票数も前回の総選挙(平成十七年)と比べて九十万票も減少したため、かつてない大惨敗となったのである。
『公明新聞』は「逆風のなか善戦」などと、ごまかしているが、今回の惨敗は、自民党に対する「逆風」の巻き添えによるものではない。
公明党自らが、これまで政権にしがみつこうとして、コロコロと主張・政策を変えて自民党に寄生してきたことや、学会員による非常識な選挙闘争に対し、多くの国民は反発をつのらせてきていた。それに加えて、沈黙しているマスコミに代わって、有志が命がけで大量配布したビラにより〝創価学会党〟ともいうべき公明党の正体が、あらためて知れわたったことで、国民が「NO!」の審判を下し、その怒りが公明党を直撃して、今回の大惨敗となったのだ。
さらに、投票日一週間前の八月二十三日、それまで、公明党との全面衝突を避けている、と見られてきた民主党の小沢一郎代表代行が、「もはや公明党に勝機なし!」と見極めたのだろう、太田の立つ東京十二区、北側の立つ大阪十六区について、突如、
「この二つの選挙区は何としても勝たなくてはならない。ここで勝利しないと、政権交代も完結しない!」
と述べ、遠慮会釈なく、両選挙区における公明党との闘いに全力を投入した。
数々の要因が重なった結果、公明党代表の太田昭宏、幹事長の北側一雄、元国土交通相の冬柴鉄三といった大物をはじめ、公明党が小選挙区に立てた候補は全員敗退、議席数も、選挙前の三十一議席から十議席も失い、最盛時であった昭和五十八年の五十八議席の半分以下、衆議院に初進出した昭和四十二年の二十五議席をも下回る過去最低(!)の二十一議席という、目も当てられぬ惨憺(さんたん)たる有り様となった。
そして、池田大作から「もう絶交だ!」とでも言われたのか、どうかは知らぬが、「全ての責任を取る」と称して太田・北側は辞任した。
これで公明党は、一昨年の参院選における敗北で参議院のキャスティング・ボートを失い、今また衆議院でのキャスティング・ボートを失って、池田創価学会の狙ってきた「日本乗っ取り構想(創価王国構想)」は破綻した。油断は禁物ではあるが、もはや、池田の存命中の天下盗り実現はあり得まい。池田の胸中や推(お)して知るべし。
また、先々のことは凡夫にはわからないとはいえ、いかに公明党が民主党にすり寄ろうとも、当分の間、民公連立などという可能性(民主党が公明党を頼らねばならない要素、また、連立を実現しうる状況)が潰えたことも間違いない、といえよう。仏法のため、国家のため、慶賀のいたりである。
いよいよ、邪教創価学会を守ってきた外堀が埋まり、その鎧(よろい)は砕け散った。
しかも、創価学会がこれまで「広宣流布のバロメーター」と位置づけ、学会員が「勝つことこそ正義の証」と自負してきた、比例区得票数を見れば、創価学会そのものの勢力が大きく減少し、会員の妄信的パワーが低下したことは明らかだ。
八十万体制を目指す法華講として、これからが創価学会員への折伏に立ち上がるべき時である。
野党議員らが矢野絢也氏を再招聘
2009年8月28日 金曜日
野党議員らが矢野絢也氏を再招聘
学会・公明の政教一致の実態を聴取
「手帖を返還するつもりはない」!?
判決無視を決め込んだ公明党側
九月の衆議院任期満了まで、あとわずか。それ以前に解散はあるのか、ないのか!?政治情勢は日ごとに目まぐるしく動いている。
そのような状況下の七月一日、注目すべき一つの集まりが、参議院議員会館の会議室で開かれた。それは、元公明党委員長・矢野絢也氏を招いての野党有志による「続・矢野絢也さんより話を聞く会」である。
「話を聞く会」に百人の野党議員
政教一致問題への関心深まる
去る七月一日、民主党の菅直人代表代行・国民新党の亀井静香代表代行などが呼びかけ人となり、元公明党委員長・矢野絢也氏を参議院議員会館に招き、「続・矢野絢也さんより話を聞く会」が開催された。
昨年六月十三日に行なわれた「話を聞く会」から約一年が経つ間に、矢野氏と三人の元公明党国会議員との間で争われていた、矢野氏の〝黒革の手帖〟をめぐる訴訟に、東京高裁が矢野氏側全面勝訴の逆転判決を下すなど(本紙四月十六日号に詳報)、矢野氏を取り巻く状況が大きく変化。そうしたことから、矢野氏からあらためて話を聞き、この事件を看過することなく諸問題に取り組んでいこうと、野党の有志が呼びかけて、「続・話を聞く会」を開催する運びとなったもの。
これには、民主党・国民新党に所属する国会議員を中心に、なんと約百名の衆参両院議員が参加。また、多数のマスコミ関係者が取材に訪れた。
池田に忠誠尽くす公明党OB
黒い手帖にはとんでもない内容が
この会合において矢野氏の口から語られたのは、創価学会・公明党の政教一致の実態、なかんずく、池田大作を守ることこそが、創価学会・公明党にとっての実質的な第一義となっている、という事実であった。
その中で、まず本紙が注目したのは、最大の焦点である「黒革の手帖」の行方に絡んでの話。東京高裁の、仮執行のついた手帖の引き渡し命令に基づき、矢野氏が元公明党議員側に返還を求めたところ、元公明党議員側はこれを拒否してきたというのである。
矢野氏によれば、双方の弁護士間で二度三度とやりとりをしていたところ、六月下旬、相手側の弁護士から、内容証明郵便にて「返還要求に応ずる意思はない」と回答してきたという。
これについて矢野氏は
「返す意思はありませんと、えらく明確におっしゃっておるわけで。〝判決に反してでも返さん〟と。
『返すな』という命令がどこかから出ているのか、どこかへ持っていってしまっているのか、それは僕らには分からないことですが、いずれにしても、法的な手続きによって返してもらうつもりでおります」
と語った。
しかして、質疑応答の中で、「手帖を返却しようとしない理由は何だと思うか」と問われた矢野氏は、自身の過去を、次のように披瀝。
「昔、公明党におりましたときに、砂利船事件・リクルート事件に公明党の議員が関わってしまいまして。その時に私は、田代(富士男)君の家、池田克也君の家から、全ての資料を引き上げろ、と指示しました。
それはなぜかというと、池田(※大作)さんがこう言った、ああ言ったということが、田代さんはまめな人で、それを生き甲斐のようにして(まとめた)池田語録があります。
池田克也さんもそうだと思うんです。
したがって、もし家宅捜索が入って持って行かれたらエライことになる、というわけですから、ただちに回収しなくてはならない。」
その上で、
「学会がらみの内容が、(私の)手帖には書いてある。(そのことは)学会首脳もよく知っておりますから、これは私の推測ですけれども、学会の指示によって彼らが来た、ある意味では彼らも気の毒な立場にあったと思います」
と分析した。
矢野氏によれば、約百冊の手帖の中には、言論妨害事件・創価学会と共産党の創共協定・『月刊ペン』訴訟の件・総本山との二度の抗争・山﨑正友氏が絡んだ富士宮市の百条委員会の件・国税庁の調査の件・一億七千万円入り金庫事件の後始末について等々のほかに、池田大作から受けた〝天下を取れ〟〝政権を取れ〟〝力は正義だ〟などの指導が書き留めてあるという。
そのため〝こんなものを返したら大変だ、ということで、返せない状況なのではないか〟とした上で、「これは推測にすぎませんが」と前置きして、
「全て三人の責任において、手帖はもう返さないというスタンスで、全部の責任を負うと、そういう覚悟でいるのではないかと思わざるを得ません」
と語ったのである。
学会守るべく国税に働きかけ
国税の調査から政権への意欲増大
本紙が次に注目したのは、平成三年と四年の、国税庁による創価学会に対する税務調査で、創価学会幹部の依頼により国税庁に働きかけた、という件。矢野氏はその際、当時の副会長、さらに、トップの学会弁護士から、ある人物の直筆の、〝死守すべき四項目〟の要望を示されたという。
その第一は学会員の寄付のリスト。矢野氏いわく
「皆さんご推測がつくと思います。(寄付の一覧を知られることで)出てる金額と入っている金額とが一致するかどうか、という問題になってくるわけでございますから、財務をした人の名簿は絶対に出せない。」
「国税は手強いといいますか、ちょっとやそっとでは目こぼしなんかしません。しかしまあ、プライバシー、信教の自由、私もいろいろ論陣を張りまして、それはなんとか、その場はご勘弁いただいて、〝宿題〟に」
と。
二番目は美術品の現物調査を認めないこと。
「これはもう、学会が財産目録を出すか出さないか、という問題に関わってくる。出した場合、当然、美術品、まあそうとう有名な画家の美術品がございました。ですから、それが現実に存在するのか、あるいは、逆にいえば、目録に載っておらない美術品が幻の形で存在するのか、美術品の所在を明らかにせよというのが国税庁の要望でありましたが、これは何となく、半分ぐらいは要望を入れて、半分ぐらいは何となく、と、これも〝宿題〟。」
三番目の要望は、池田大作の秘書団・第一庶務の経理に触れさせない、ということ。
「(学会の)本部会計というのは非課税部門でございますから、非課税のところへなぜ国税が入るんだ、という理屈がこちら側にあるわけで、確かに、非課税の部分には国税も入りにくい、という面がある。
ところが国税さんもなかなか知恵者でございまして、源泉徴収というのは非課税も課税もないんだと。非課税の本部も、そこの職員の所得税については、これは非課税ではないんだから、源泉徴収を調べる、なんて、こう言い出しまして、入ってこられまして、それをきっかけにして、あれもおかしい、これもおかしい、あれも出せ、これも出せ、というようなことになりましたけれども、かなりの部分は国税に踏み込まれましたが、大事なところは、これまた〝宿題〟。」
四番目は、池田大作の個人所得。具体的には公私混同の実態。
「これはもう必死の防戦をいたしまして、まあ、多少は触れましたけれども、まあ関係はないという話で、言葉の説明で済ませたように私は記憶しております。」
矢野氏はこの日、
「『おまえがやってきたことは犯罪行為じゃないか』と、ある人から言われましたけれども、まあ犯罪的行為。職権を利用したこともあります。学会のためと思って」
と語っているが、創価学会に対する国税庁の調査に公明党の委員長が口を挟む、というのは、明らかに権力の濫用といえるだろう。
だが、結果的には、二度の税務調査によって、創価学会の方は、巨大墓園の墓石販売収入など二十三億八千万円の申告漏れを指摘され、一方、池田は、実質的に〝居宅〟として利用していた創価学会第二別館の家賃を、〝滞納分〟まで含めて払わされることとなった。
「それ(国税庁の調査)を一つの転機として、公明党の政権に入る意欲、池田名誉会長のそれについての強い意志というものが、それを一つの転機として、それまでは公明党は野党ということでやってきたわけですが、にわかに、政権参画意欲が強まったことも、これまた事実でございました」
と、矢野氏は指摘している。
公明党の原点は池田を守ること
矢野証言で学会の実像が明らかに
しかして、矢野氏はこの日、池田大作と公明党議員の関係を次のように語った。
「公明党の議員、私も含めてそうですけども、池田先生が師匠であると、われわれは弟子であると。
弟子は師匠のために命を投げ出してでも、仕えなくてはならない。いろいろありますけれども、原点の指導は、この師弟の道、池田先生はお師匠さん、われわれは弟子。
弟子として師匠のために命がけで戦う、これが、われわれ学会員の原点であり、そしてまた私の時代、今もそうだと思いますが、公明党の原点ということになると思います。」
矢野氏の推測に間違いがなければ、大川清幸・伏木和雄・黒柳明の三人の元公明党国会議員は、東京高裁の判決をあえて無視してまで、創価学会を、なかんずく池田大作を守ろうとしている。すなわち、国法を軽んじてでも、池田大作に殉じよう、というのだ。
一方の池田大作はといえば、矢野氏らの、職権の濫用も辞さぬ献身的な擁護だけではまだ飽きたらず、さらなる権力の庇護を求めて公明党に政権へすり寄らせていった、という事実から、自分の保身を最優先する卑屈な俗物でしかない、ということが明らかとなった。
そんな池田には、大川・伏木・黒柳の〝献身的な行動〟も、うまく事が収まって当たり前、もし、かえって社会の非難を浴びるようなことにでもなれば、三人を徹底的に罵倒した上で〝詰め腹〟を切らせるに違いない。
三人は、池田の手駒として献身的に働いたつもりでいても、当の池田にとっては、彼らは単なる〝捨て駒〟に過ぎないのである。
その一方で、権力の傘の下に身を寄せた池田は、批判の嵐を直接浴びるような場には一歩も出ようとせず、隠然と政治に影響を与え続けているのだ。
矢野氏の証言によって、白日の下に晒されていく池田創価学会の実像――。
学会員諸氏よ、この現実から目をそらせてはならない。あなた方が赤誠を誓った相手は、それに値するような人物ではないのだ。
一刻も早く目を醒まし、正師を求めて日蓮正宗に帰伏すべし!
【慧妙平成21年7月16日号より転載】
「公明党」に続いて今度は「幸福実現党」
2009年8月28日 金曜日
「公明党」に続いて今度は「幸福実現党」
今こそ「宗教法人と政党」の関係にメスを!
選挙戦で会館をフル活用してきた創価学会
宗教施設での選挙活動は「隠れた補助金」
五月二十五日、大川隆法率(ひき)いる新興宗教団体「幸福の科学」が、「幸福実現党」なる政治団体を結成、次期衆院選に大川の妻・きょう子をはじめとする多くの教団幹部を候補者として擁立(ようりつ)する、と表明した。
これについて、各マスコミがさっそく反応。その中で共同通信社は、「宗教と政治論議再燃か」と題した記事を配信。宗教政党を自認する「幸福実現党」の出現により、「(宗教と)政治とのかかわり方をめぐる論議が再燃しそうだ」とした。
憲法論議もたしかに重要だが、衆院選が目前に迫(せま)った今、緊急の課題となるのは、宗教団体が行なう選挙活動の正当性であろう。
そこで本紙は、その視点から「政治と宗教」の問題に斬(き)り込む。
創価学会と似た「幸福の科学」
「政治力で理想を実現」との考えも
「幸福の科学」は、開祖・大川隆法の著書を〝経典〟と見立て、それを会員に次々と買わせることで急成長してきた新興宗教団体。その姿は、池田大作を〝大聖人に勝(まさ)る現代の仏〟と崇(あが)め、池田の著書である『人間革命』を〝現代の御書〟と称し、会員に池田の著書の購入を督励(とくれい)してきた創価学会の姿に重なる。
また、大川隆法を〝国師〟と立てて、その理想を実現せんとする「幸福実現党」の在り方は、創立時の公明党のそれにソックリ。
そのことをそうとう意識している創価学会関係者もいるようで、共同通信の取材に対し「うち(※学会)の脱会者がいるから、うちをまねている部分がある」と答えたという。
当然のことながら、両者の選挙戦術も似たようなものになるかもしれない。
矢野氏が明かす学会の選挙活動の実態
無償で使用する会館が活動の「要」に
矢野絢也氏が、著書『黒い手帖』で指摘した創価学会の選挙活動は、
「選挙になると、学会の会館がフル活用されており、選挙対策用事務所として使用される。それに対して、候補者が対価を支払うことはない。
学会側はそのような使用状況はないと否定しているが、私自身も過去九回の選挙を戦っており、そのたびにお世話になっていたので、何をかいわんや、である。」
「学会員の選挙運動は、次の三段階に分けられている。
第一段階は『全国交流』。個々の学会員が友人知人、親戚縁者を全国を行脚(あんぎゃ)して訪ね、話し込み、比例区の票固めをする。つまり、遠方から地ならししていく作戦で、電話ではなく、直接訪問が原則になっている。そのためにかかる交通費などの諸経費は、すべて学会員の個人負担である。
第二段階は『地域交流』。地元の都道府県内の重点選挙区を中心に回る。人脈をたどって戸別訪問するのだ。
さらに第三段階として『地元交流』がある。『地元交流』はいわゆるご近所を回って、党の候補者への投票を依頼する、最も大切な足元を固める活動だ。
こうして全国、地域、地元と、三段階の活動を、数回、順ぐりに繰り返す。その結果は、上層部に報告され、状況を把握(はあく)した上層部は、動きが悪いと地元幹部を叱咤(しった)する。(中略)
こうした選挙活動の拠点になっているのは、全国に大小合わせて一〇〇〇ヵ所ほどある学会の会館である。
各都道府県の中心的な会館には、その地域のトップクラスの幹部が集まり、本部から下りてきた活動方針を確認、その後、都道府県内各地の地域ごとの会館に次のクラスの幹部が招集され、方針が伝達されていく。しかし、机上の空論になっては意味がないので、確実に実践されるよう、『連絡、報告、確認』を合い言葉に方針が徹底される仕組みになっている」
というもの。
こうした活動が、衆参両院、統一地方選、また、東京都議選など統一外の地方議会選挙等で繰り返し行なわれてきた――。
宗教施設での選挙活動を見逃すな!
北野教授は「隠れた補助金」と指摘
矢野氏が述べた、創価学会のこうした宗教施設利用や選挙活動について、税法学者の北野弘久日本大学名誉教授はかつて、本紙の取材に対し、宗教施設の使用実態や職業幹部の行動を把握しようとせず、免税の適否を判断しないことは、「創価学会に対する隠れた補助金」を出すに等しく、「適用違憲」となる、と指摘し、その理由を次のように語った。
「固定資産税や都市計画税は、固定資産についての現況課税の租税ですし、地方税法四〇八条は、当該物件に対する課税庁の毎年の実地調査を義務付けていますから、たとえ、それが宗教法人の施設であろうと、利用状況を精査した上で、課税・非課税を決めなければならないはずなのです。」
「(創価学会の、宗教施設を使っての選挙活動のような)そういう実態があり、これに対して実地調査が行なわれない、当然ながら課税もされない、ということになれば、それは『適用違憲』ということになります。
つまり、本来なら課税すべきところを課税しないというのは、税額相当分を宗教法人に〝補助〟したことになる。私はこれを『隠れた補助金』と呼んでいますが、これは宗教法人に対する公金の支出を禁じた、憲法一四条・二〇条・八九条に抵触することになり、非課税規定を適用すべきでないのに、同非課税規定を適用することは『適用違憲』ということになるのです。」
「(学会職員の)彼らが、学会職員の立場で選挙活動を行なっていたとすれば、これも問題です。専従職員ではなくても、たとえば交通費などを学会から支給されている幹部も同様です。彼らに支給されていた給料や手当の一部は、施設の固定資産税同様、『隠れた補助金』に該当する、といえるでしょう。」
北野教授は以前から、こうした問題点を指摘し続けてきた。
だが、これについて、新聞・テレビなどのメディアはほとんど報道しようとしてこなかった。このようなことの裏側には、創価学会が大手新聞社に『聖教新聞』等の印刷を発注したり、新聞の全面広告や、テレビ・ラジオの番組への提供や頻繁(ひんぱん)なスポット広告を行なう、といった創価学会の〝カネ縛り〟に遭(あ)っている、と指摘する声(『週刊ダイヤモンド』2004年8月7日号)もある。
そうした状況のためか、政治もメディアも、創価学会についてはことさら過敏になり、創価学会の選挙活動の実態調査も行なわれぬまま、時間が無為に流れてきてしまった。
そのような中、「幸福実現党」なる、新たな〝宗教政党〟が誕生し、創価学会に対すると同じように、「隠れた補助金」を与え、さらに「適用違憲」の状況が増えることが懸念(けねん)される事態になっているのである。
「会館の使用は適切」と開き直る学会
ならば、国会の場で白黒をつけよ!!
ところが、この問題の元来の当事者である創価学会は、政治・メディアの沈黙をいいことに、〝開き直り〟ともいえるような主張を展開している。
それは、六月四日付の『聖教新聞』に掲載された、学会最高幹部による紙上座談会――「学会の会館は『安心の灯台』」との大見出しが打たれたその座談会での、元東京都議・龍年光氏(故人)が起こした裁判に関する、次のやりとりである。
「棚野(男子部長)一方で裁判所は、学会の支援活動における会館の使用実態について〝社会通念に照らして『もっぱらその本来の用に供している』といえる〟と明確に認めた。
杉本(婦人部長)要するに〝学会の会館は、選挙の時期にも、宗教団体の施設として適切に使用されている〟と認定されたわけですね。当然の判決ですよ。
金沢(総東京長)竜のやつが騒ぎ回った結果、かえって裁判でも、学会の正義が、いっそう明瞭、明確になった(笑い)。
まさに『墓穴』だ(爆笑)。」
龍年光氏が学会施設の使用実態を証明しきれなかったことをもって、文字通りの言いたい放題だ。
だが、学会がこのように胸を張るのであれば、その活動に疑問を呈している矢野絢也氏、元公明党参議院議員の福本潤一氏を国会に招致することに異存はないはずだ。
というよりも、それによって、公の場で学会の正当性を証明できるのだから、むしろ自ら積極的に招致を働きかけるべきだろう。
それにも拘(かか)わらず、参議院の審議における再三の招致要請が未だに実現していないのは、いったいどういうことなのか――。
創価学会よ、姑息な言い逃(のが)れはたいがいにして、いざ国会の場で白黒をつけよ!
【慧妙平成21年6月1日号より転載】
矢野氏の招致要求で窮地の学会・公明党 消えない疑惑「政治と宗教と金」
2009年8月28日 金曜日
矢野氏の招致要求で窮地の学会・公明党 消えない疑惑「政治と宗教と金」
民主党、矢野氏の『黒い手帖』に着目
矢野氏の招致と税制議論を求める
五月二十日、参議院予算委員会で質問に立った民主党・峰崎直樹議員は、国の財政が逼迫(ひっぱく)する中で、巨大宗教法人の税の在(あ)り方についても議論すべきだと指摘。集中審議を行ない、そこに、参考人として矢野絢也元公明党委員長を招いてほしい、と主張した。
峰崎議員が矢野氏の参考人招致を求めるきっかけになったのは、矢野氏が、本年二月に上梓(じょうし)した『黒い手帖』に書いた、創価学会にまつわる「カネ」の問題であった――。
『黒い手帖』に学会の脱税疑惑が
この際、宗教法人税制を議論せよ!
現在開会中の国会においての、最重要の議案といえば、それは間違いなく平成二十一年度・第一次補正予算である。
自民・公明の賛成多数によって衆議院を通過した同議案は、参議院においては、このままの審議が続けば、民主党その他の野党による反対多数によって否決される、との見方が大勢を占めている。
この大型補正予算、その使途についての議論と同時に、財源問題もまた、大きな争点となっている。
そうした中で、五月二十日に行なわれた参議院予算委員会の審議において、質問に立った民主党の峰崎直樹議員は、矢野絢也元公明党委員長が議員時代に記した〝黒革の手帖〟について、次のように言及した。
「元公明党委員長の矢野絢也さんの『黒い手帖』を読みました。いわゆる、宗教法人の脱税問題についても、そこ(黒い手帖)に書かれている、というんです。」
「こういう問題が指摘されているということは、やはり日本の政治、これだけ財政がたいへんな時に、何も創価学会だけではなく、巨大宗教法人の税の在り方というのはどうあるべきか、そういったことを、私は議論すべきだと思います。」
「政治の基本に関わり、税財政の根幹にかかわってくるような問題についての集中審議を要求したいと思いますし、できれば私は、参考人として矢野絢也氏を呼びたいと思います。」
来年三月末の、国・地方合わせた長期債務残高が八百十六兆円にも上ることになり、景気対策の一方で、消費税の税率アップを含む税制改革の必要性も指摘される中、とかく〝金〟の問題が取り沙汰される宗教法人を〝蚊帳(かや)の外〟に置くわけにはいかない。峰崎議員はその角度から、創価学会問題に迫(せま)ったのである。
学会に絡む不透明な金の流れ
「脱税揉み消した」との証言も
予算委員会の質疑の中で、峰崎議員が指摘した『黒い手帖』とは、講談社から発行されている矢野絢也氏の著書であり、それには、本紙がかねてから報じてきた、三人の元公明党議員による矢野氏の資料持ち去りに関わる顛末(てんまつ)を中心に、持ち去られた「黒革の手帖」に記された内容の概要と、事件に至る背景や、創価学会と公明党の関係やその体質などについて記されている。
その中で、手帖の中味そのものについては、ほんのさわり程度にしか書かれていないのだが、それでも、あの「一億七千万円入り金庫投棄事件」に関する次のような記述は、驚愕(きょうがく)に値するだろう。
「一九八九年六月、横浜市のゴミ処分場に、一億七五〇〇万円の入った古い金庫が捨てられていたとの事件が発覚した。翌月、聖教新聞専務理事で、創価学会の金庫番といわれる中西治雄氏が『持ち主だ』と名乗り出て、記者会見を開き、こう証言する。
古い金庫に入っていたのは、『昭和四六年(一九七一年)頃から三年間、総本山大石寺境内で〝金杯〟の売却で二億円の売り上げがあり、予想外にうまくいき、出た利益。その金はすぐに使うつもりはなかったので金庫に入れておいたが、そのうち忘れてしまった』
『それに気づいたのが七月一日』
『金庫は学会の知人から譲(ゆず)り受け、自宅が狭いので聖教新聞の地下倉庫に置いていた』
『法人登記はせず、個人で商売していたもので、脱税の金』
この会見を受け、聖教新聞は、中西氏の言い分をほぼ追認し、中西氏個人の犯罪と断罪したが、中西氏の弁明には矛盾(むじゅん)点がいくつかあった。(中略)
そのため、様々な憶測がとんだ。もちろん、私はこのカネがどういう筋のものか、詳(くわ)しく聞いているのだが……。(中略)
捨て金庫事件の直後に、中西氏と話したときに、彼の口から出たのも『模刻事件(※池田大作が、日達上人の允可を得ぬまま七体の御本尊を板に模刻した事件)の罪』という言葉だった。
『模刻事件の罪滅ぼしだと思って、私は今回の一件を引き受ける』と――。」
矢野氏は同書で、創価学会への税務調査の発端になったルノアール絵画疑惑(創価学会が購入したルノアールの絵画の取り引きに絡む、不可解な金の動き。結局、三億円が〝行方不明〟に)などについても言及。そして、
「こうした社会を騒がせた過去の事件の真相や顛末が、私の黒い手帖には、それに関して喋(しゃべ)った人々の実名と共に記されているのだ」
と記しているのである。
なお、創価学会の脱税疑惑については、平成五年十一月二十六日、元自民党副総裁の渡辺美智雄氏(故人)が
「自民党はこれまで、国会で(公明党から)法案への賛成を得るため、創価学会の脱税をもみ消したりした」(『朝日新聞』平成五年十一月二十八日付)
と発言した事実があるが、これについても、矢野氏であれば、その真相を熟知しているであろう。
池田に贈った〝お礼〟の行方は?
不可解な学会の会計処理の数々
こうした疑惑の他にも、学会の〝収入〟に関しては様々な問題点があることを、矢野氏は、『黒い手帖』で次のように指摘している。
「創価学会、公明党の不明瞭なカネの流れは、『政教分離』という観点からもたびたび批判の対象になってきた。
かくいう私も既(すで)に述べたように、国会議員を辞めたときに、あくまでも感謝の気持ちからお礼として、まとまったおカネを池田大作名誉会長宛てにお届けした。(中略)
しかし、お届けするとはいえ、おカネを直接、池田氏に渡すわけではない。学会の『第一庶務』という池田氏専用の秘書集団にお願いする。第一庶務は、膨大(ぼうだい)な人数の優秀なメンバーで編成されている。
そのため、寄付したおカネがその後、どこへ流れたのかは定かではない。池田氏の個人の収入になっているのか、学会本部に入るのかは、学会の経理が決めている。
いずれにしろ、不明瞭なカネの流れには問題が多い。仮に池田氏個人の収入となっているのなら、申告はしているのだろうか。納税がどうなっているのかという問題が出てくる。
また、学会本部で処理しているとなると、今では政治家の献金への批判もあって、法律の問題とも絡んでくる。
宗教団体は非課税であり、『週刊新潮』に掲載された学会広報の話によると、議員や学会員の献金の類(たぐい)はすべて本部会計で処理しているという。そうすると、学会は巨大な非課税資金を得ていることになる。非課税のカネがすべて問題とは思わないが、財務寄付も程度の問題だ。」
矢野氏はこの他、学会の会館が、選挙になると選挙対策事務所に化(ば)ける問題や、福本潤一氏が指摘する「P献金」問題などについても、『黒い手帖』に書いているのである。
矢野氏と共に池田も国会に!
不信払拭のために徹底解明を
しかれば、国会は峰崎議員の要請を入れ、まずは多くの事件・疑惑の真相や創価学会の裏事情を知る矢野絢也氏を国会に招き、事実関係を質すべきである。
しかしそれだけでは、〝矢野氏の証言だけでは信用しがたい〟あるいは〝矢野氏一人に事情を聞いたのではバランスを欠く〟といった批判も出てこよう。やはり、もう一方の当事者である創価学会首脳、それも、〝永遠の指導者〟として、実質的に絶対権力を握り続けている池田大作も国会に招き、よくよく事情を聞かねばなるまい。
その上で、こうした事件や疑惑が生じた原因が、もし宗教法人の非課税特権に根ざしているとすれば、それはゆゆしき問題であるから、今後も事件・疑惑の温床になりうる要素を見つけ出し、その部分を徹底的に改正していくべきである。そしてそれこそが、国民の「税」に対する不信感・不公平感を少しでも払拭するために、国会が果たすべき紛(まご)う事なき責務といえよう。
【慧妙平成21年6月1日号より転載】
集団暴行の創価学会員らを刑事告訴! 3月24日、法華講員2名が東京地検に手続き
2009年8月28日 金曜日
集団暴行の創価学会員らを刑事告訴! 3月24日、法華講員2名が東京地検に手続き
〝政教一致〟批判したビラ配布を暴力で制圧
言論の自由を弾圧する反社会的事件
三月二十四日、昨年十一月に創価学会員から集団暴行を受けて負傷した二人の法華講員が、東京地方検察庁に告訴の手続きを取った。
その暴行事件は、十一月七日・十六日に起きたもので、「政教分離を考える会」が発行する、創価学会と公明党の政教一致を指弾したビラを配布していた二人が、創価学会青年部の屈強な男達から暴行を受け、負傷したもの。ボロボロに破られたシャツが、容赦(ようしゃ)なき暴行の凄惨(せいさん)さを物語る(本紙・昨年十二月一日号に既報)。事件の被害者二名は、四ヶ月間にわたって慎重な準備を重ね、ついに犯人の学会員を刑事告訴したのである!
凄まじい暴行事件の模様
暴行犯たちの目的は言論封殺
昨年十一月、「政教分離を考える会」が発行する、創価学会と公明党の政教一致を指弾したビラに共鳴し、その配布活動を行なっていた二人の青年(法華講員)が、多数の創価学会員達から集団暴行を受ける、という事件が発生。その事件の被害者である二人が、去る三月二十四日、氏名の判明した暴行犯の一人と、犯行に加わった氏名不詳者らを、傷害・暴行・器物損壊(そんかい)の罪で東京地方検察庁に刑事告訴した。
問題の事件は、昨年十一月七日および十六日に起きた。
この両日、東京都江戸川区葛西において、二人の法華講員が「政教分離を考える会」のビラを戸別配布していたところ、そこに学会男子部の屈強な男達が現われ、ビラ配布を妨害してきた。
だがビラ配布は、憲法二十一条でも保障された正当な言論活動である。告訴状によれば、二人は、妨害に怯(ひる)むことなく、配布を続けようとしたが、男達は、後ろから羽交(はが)い締めにしたり、力任(まか)せに地面にねじ伏せ、大勢で上にのしかかって、顔を地面に押しつけたり、衣服を掴(つか)んで振り回し、建物の壁などに叩きつけたり、車の通行のある車道に押し出す――等の暴行に及んだのである。
これらの暴行により、二人はそれぞれ、全治一週間と全治二週間のケガを負い、また一人が着ていた衣服はビリビリに破られ、またボタンもあらかた弾(はじ)け飛んでしまった。
この事件現場には、警視庁の警察官が駆け付け、葛西警察署に移動しての事情聴取がなされたが、被害者の二人によれば、その事情聴取は暴行事件に対して、というよりも、二人が行なったビラ配布に関して根掘り葉掘り聞き出そうとするばかりで、暴行事件については無視するような姿勢だったという。
このことにより、警察の捜査への不信感を抱いた二人は、被害届の提出を躊躇(ちゅうちょ)した。
また、何より犯人の住所・氏名が判(わか)らない(警察では把握していたはずだが)ため、告訴しても、相手が判らなかったとして、あいまいに終わってしまう可能性が高い。
そこで二人は、弁護士とも相談の上、いちおう、慎重に告訴の準備だけは進めることとした。
幸いなことに、この暴行事件の模様は、同行した友人が離れた所からビデオ撮影しており、犯人達の顔は映像に残っている。いずれ犯人を突き止めることを心に誓い、二人は現場の確認や証拠の整理等を進めたのである。
また「政教分離を考える会」では、この暴行事件の際に撮影されたビデオから静止画を起こして、新たなビラの一面に掲載、昨年末から配布を開始した(この写真は本紙にも提供されたため、十二月一日号に掲載した)。
墓穴を掘った加害者らの傲慢
組織的犯行で責任は団体にも
すると、何ということか、十二月二十二日、創価学会の弁護士らが、その写真に写った暴行犯(犯人達に指示を与えるなどしていたリーダー格の男)の代理人となって、男の氏名を明かした上で、〝肖像権侵害にあたるので、男の写真を掲載したビラを配布するな〟とする内容の警告書を送り付けてきたのである。
だが、写真では犯人の目の部分を黒くマスキングして隠してあり、その上で暴行事件について報じたビラに対し、「肖像権」も何もあったものではない。二人は大いに呆(あき)れ、氏名の判明した犯人を告訴すべく具体的準備に取りかかった。
だが、二人から直ちに反応がないことで強気になったのか、それとも、ビラ配布を停止させることだけで頭が一杯だったのか、本年二月九日、暴行犯の男の名前で、自身が創価学会員であるという前提の上から、暴行事件の存在を否定し、〝自分に無断で写真撮影された上、その画像を勝手に掲載され、名誉権・肖像権を侵害された〟として、「政教分離を考える会」の代表・小川頼宣氏(世田谷・善福寺信徒)を相手取り、損害賠償を求める民事訴訟を起こしてきたのである。
おそらく彼らは、暴行の模様は断片的にしか撮影できていないものと考え、いくらでも言い逃(のが)れはできる、と踏んだのであろうが、その判断を下した者は、後で池田から手ひどく叱責(しっせき)されることを覚悟しておいた方がよい(ついでに池田に支払う罰金の用意もしておいた方がよいのではないか)。
ともあれ、こうして暴行した学会員のリーダー格の男が、自ら「あれは自分だ」と名乗り出てしまったことから、今般の、東京地方検察庁への告訴が実現したのである。
三月二十四日の当日、告訴人の二人と代理人弁護士らは記者会見に臨(のぞ)んだが、席上、弁護団長は、
「今日告訴した事件を軸に、こちらから損害賠償請求訴訟を提起していく必要があるのではないか、その際には、個人の責任はもちろんだが、団体・指導者の責任まで問うことを検討する必要があろう、と思っている」
と発表した。
池田の本性現わす本音の指導
学会員の倫理逸脱は当然
そもそも、自らが明らかな暴行を加えておきながら、それを否定したばかりでなく、「政教分離を考える会」によって虚偽の事実を摘示され、肖像権も侵害された、などとして訴訟に及んだ神経には、呆れ返るしかないが、こうした、社会常識、否、人間としての倫理性さえ失った破廉恥(はれんち)な行為を平気でできるのは、創価学会員なればこそ、なのではないか――。
「全員が『勝つ』と強く決めていけ! 勝つか負けるか。やられたらやりかえせ。世間などなんだ! 私は恐れなど微塵(みじん)もない。勇者は私だ。私だけ戦っている。強気でいけ! 強気で勝つんだ! 強気、強気、強気でいこう。どこまでもしぶとくいくんだ。(中略)なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったり、ひるんだりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略)反逆者には『この野郎、馬鹿野郎』でいいんだ!」(平成一年三月十二日、埼玉での池田の指導)
「ある日、堺の選挙事務所が、酔っぱらいに荒らされた。報告を受けられた先生は『すぐ一一〇番に電話して警察に来てもらいなさい』と指示され、(中略)『〝いま、対立候補が、こちらの選挙事務所に殴(なぐ)り込みをかけてきました。そのため皆さんに、たいへん、ご迷惑をおかけしました〟といって御近所を全部回りなさい』と指導された。(中略)そして先生は『〝対立候補は悪らつな妨害をやる。選挙事務所に殴り込みをかけてきた〟という印象を与えればよいのだ。特定の候補の名を出さず、一軒一軒手を打て』といわれた」(『前進』昭和四十一年十二月号)
「口八丁手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためならみんな謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心のため、信心を守るため、学会を守るためだ」(昭和五十一年六月一日・扶桑研修所での池田の指導)
〝永遠の指導者〟である池田大作の、こんな卑劣(ひれつ)きわまる指導を、ありがたく受け続けてきた創価学会。そこに籍を置く者の感覚が、社会常識や人間としての倫理観から大きく逸脱(いつだつ)していくのは当然であろう。
しかも、このたびの事件が、創価学会の地域の組織を使って連携を取り、集団で行なわれた暴行事件である以上、言論妨害を受けた「政教分離を考える会」としては、創価学会ならびに池田大作の責任を追及する民事訴訟を視野に入れていることは当然のことといえる。
今回の告訴を手始めに、池田創価学会の反社会性を、どこまで追及できるのか――。これからの行方に注目していきたい。
【慧妙 平成21年4月1日号より転載】
公明党OB議員らが証拠を〝改ざん〟!? 司法をも欺かんとの許し難い暴挙
2009年8月28日 金曜日
公明党OB議員らが証拠を〝改ざん〟!? 司法をも欺かんとの許し難い暴挙
公明党OB議員による〝手帖〟持ち去り事件
東京高裁、矢野氏への手帖返却と賠償を命令
去る三月二十七日、東京高等裁判所(南敏文裁判長)は、三人の公明党OB議員(大川清幸・伏木和雄・黒柳明)と、講談社・元公明党委員長矢野絢也氏らとの間で争われていた民事訴訟に関し、一審の東京地裁の判断を覆(くつがえ)し、矢野氏らの全面勝訴とする判決を下した(三人は最高裁に即日上告)。
その判決文の中には、東京高裁によって、驚くべき事実が認定されていた。なんと、公明党OB議員らは、矢野氏宅を訪問した際に隠し録りした音声データを、自分達に都合よく変造し、裁判の証拠として提出していた、というのだ!
一審判決を覆した東京高裁
矢野氏らに逆転勝訴判決!
この裁判は、平成十七年五月、矢野氏の自宅を訪れた三人の公明党OB議員が、矢野氏が議員時代に書きためた、およそ百冊の手帖などの資料を持ち去ったことに対し、『週刊現代』(同年八月六日号)が、「スクープ 創価学会&公明党のタブー 『矢野絢也元公明党委員長極秘メモ』100冊が持ち去られた!」と題して報じたところ、三人が、同記事によって名誉を毀損(きそん)されたとして、損害賠償や謝罪広告の掲載を求め、講談社や矢野氏を訴えていたもの。
これに対し講談社側は、『週刊現代』(八月十三日号)に、「公明党OB議員からの提訴は笑止 矢野絢也氏が『手帖強奪』の真相激白」と題した反論記事を掲載。
すると三人は、これに対しても同様の訴えを起こしてきた。
二つの裁判が進む中、同年十一月九日、今度は矢野氏が三人に対し、持ち去られた手帖の返還と損害賠償を求めて、訴えを起こしたのである。
この三つの訴訟は併合されて審理され、平成十九年十二月二十一日、一審の東京地裁は、三人の側の主張を全面的に認める一方、矢野氏の請求は全て棄却(ききゃく)する判決を下した。
これを不服とした矢野氏らは、東京高裁に控訴。
そしてこのたび東京高裁は、一審判決における矢野氏らの敗訴を全て取り消し、公明党OB議員三人に対して、矢野氏への、手帖類の返還と損害賠償を命ずる判決を下したのである。
発端は学会幹部の〝脅迫〟に
高裁が判断した事件の背景
ここで、東京高裁の判決文の事実認定に基づき、手帖持ち去り事件の経緯を示しておこう。
衆議院議員を引退した後、政治評論家としての活動を開始した矢野氏は、平成五年から同六年にかけて『文藝春秋』に連載した手記に「創価学会と公明党は政教一致と言われても仕方がない部分があった」旨の記述をしたことから、創価学会から激しい非難を受けた。
その結果、矢野氏は、創価学会に対して陳謝した上、同手記を単行本として出版する際に当該記載を削除するなどの措置をとった。
ところが、平成十七年四月二十日になって、矢野氏は、創価学会の西口副会長(当時)に呼び出され、この十数年前の手記について「創価学会青年部が怒っている」「矢野を除名せよとの要求が出ている」「青年部は跳(は)ね上がっている。矢野の命も危ない」などと述べた上、あらかじめ用意をした文案を示して、同手記に関する謝罪文を書くように求められた。
矢野氏はとまどったが、これを了承し、渡された文案に沿って謝罪文を作成し、西口に渡した。矢野氏が謝罪したことは『聖教新聞』が大きく報じた。
その後、矢野氏は、夫人を伴(ともな)い海外に出かけた。すると、矢野氏の子息から、創価学会副会長の長谷川に連絡をとるよう伝言があり、矢野氏が長谷川に電話したところ、長谷川から「青年部が強硬だ。事態を収めるため、帰国日である五月十四日に青年部と会ってほしい」との強い要求があり、矢野氏はこれに応じることにした。
帰国した矢野氏が、創価学会戸田国際会館で行われた創価学会青年部との会談に臨(のぞ)むと、青年部長の杉山ら五名が矢野氏を取り囲むように着席し、口々に、「青年部において、矢野を除名せよとの要求が出ている」「我々は本当に怒っている」などと矢野氏を糾弾し、二度にわたって「土下座しろ」と迫(せま)り、「人命にかかわるかもしれない」「あなたの息子さんは外国で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもよいのか」などとも述べた。
そして、「政治評論家をやめるべきだ。元委員長が政治評論家面をするのは許せない」などと述べて、政治評論活動を止めるように繰り返し迫ってきた。
矢野氏は、青年部幹部らの言動に身の危険を感じ、青年部の用意した、〝文春の手記のことは謝る。今後は書かない。恩返しをする〟などの趣旨の文書に署名をし、政治評論家を辞めると述べた。
翌・五月十五日は、日曜ということもあって、矢野氏は自宅にいた。
すると午後五時ころ、大川清幸・伏木和雄・黒柳明の三人が突然、矢野氏宅を訪ねてきた。
三人はいずれも、矢野氏との個人的な交流は十数年前から絶えており、大川と伏木は矢野氏宅を訪問したこともなかった。
この時以来、三人は都合四回にわたって矢野氏宅を訪れ、矢野氏が議員時代に書き記したおよそ百冊の手帖などの資料を引き渡すよう再三要求し、これを持ち帰った。また、矢野氏宅に他に資料が残っていないか、二度にわたって矢野氏の自宅内を確認して歩いたのである。
この事実を知った『週刊現代』は、同誌八月六日号に、「スクープ 創価学会&公明党のタブー 『矢野絢也元公明党委員長極秘メモ』100冊が持ち去られた!」と題する記事を掲載。ここから一連の裁判へとつながっていった。
実地検証までして得た結論
証拠は「変造」されていた
この裁判では、矢野氏が資料を提出した行為が、公明党OB議員らの強要によるものか、否かが、大きな争点となった。
しかして東京地裁は、公明党OB議員側が出してきた、ICレコーダーによる隠し撮り音声データに基づいて
「原告らにおいて、被告矢野に対し、強要あるいは脅迫にわたる行為があったとは認められない」
「被告矢野は、原告らと話をする過程において、自らの判断により本件手帳等を原告らに預けることを決断したものと認められ、原告らが、被告矢野から本件手帳等を奪い、持ち去り、強奪したものとは認められない」
「被告矢野は、原告らが自宅内を見ることを了解し、自ら案内したものであり、原告らが、被告矢野の意思に反して被告矢野の自宅内を家探ししたものとも認められない」
として、矢野氏を含む講談社側に損害賠償を命じた。
さらに、矢野氏の手帖返還請求については、矢野氏らと公明党OB議員三名との間で念書(預かり書)が交わされていることを根拠に、
「本件念書による合意は、少なくとも関係者が死亡するまでは本件手帳等を被告矢野に返還しない合意を含むものと解される」
として、理不尽にも、自らの所有物の返還を求める矢野氏の請求を棄却してしまったのである。
ところが、二審の東京高裁は、音声データに収められた会話や周囲の音のつながりに、不自然な点が数々見られることを重視。裁判官が自ら矢野氏の自宅にまで足を運んで実地検証をした。そして、
「本件音声データは、当初は提出されていなかったが、東京地裁における矢野本人に対する尋問の中で、控訴人(※公明党OB議員)らの代理人は、矢野が控訴人らの訪問時に録音をしていなかった、ということを念入りに確認した後、初めて提出された」
「矢野及び当裁判所から、原本の録音媒体を提出するように促(うなが)されても、既(すで)に消去したというのみで、これに応じようとしない」
「訴訟における原本主義に鑑(かんが)みれば、証拠の保管ないし提出方法において著しく不自然」(要旨)
と指摘した上で、音声データが連続的に記録されたものとするには著しく不自然な部分を五箇所、具体的に指摘し、
「本件音声データは、矢野宅において録音された当時の音声データについて、その後に、削除等の加工を施されたものと認められる」
「録音されていない部分の発言等については、矢野本人、証人矢野満子及び同生沼千晶の各陳述書並びに尋問における供述を証拠として認定するのが相当である」(要旨)
として、
「控訴人らが、共謀の上、矢野の自宅において、矢野に、極秘メモを記載していた衆議院手帖を引き渡すよう強要し、本棚、押し入れ、妻の部屋に至るまで家探しし、矢野の衆議院手帖を段ボール箱に詰めて奪い、これを持ち去ったとの事実を摘示した『週刊現代』平成十七年八月六日号の記事の内容、及び控訴人らが四回にわたって矢野宅を訪問し、そのつど、執拗(しつよう)かつ強い要求をし、矢野が『プライバシーの侵害になる』と強い抗議をしたにもかかわらず、二回にわたって家探しを強行するなどして、手帖を無理矢理に持ち去った、との事実を摘示した『週刊現代』同八月十三日号の記事の内容は、いずれも真実というべきである」(要旨)
と判断。そして、
「本件各記事を名誉毀損であるとして、謝罪広告及び損害賠償を求める控訴人らの請求はいずれも理由がない」
として、東京地裁の、公明党OB議員の請求を認めた勝訴判決部分を破棄したのである。
さらに、矢野氏の手帖返還請求ならびに損害賠償請求に対しては、公明党OB議員側の〝念書により手帳等の所有権は、すでにOB議員側に移転している〟との主張を退け、
「当該念書の文言に照らせば、矢野が本件手帳等の所有権を保持し続け、控訴人らにこれを移転していないことは明らか」
「矢野はいつでもその返還を請求することができ、現に同被控訴人が返還を請求している以上、いずれにしても控訴人らが本件手帳等を占有する権限を認めることはできない」
として、公明党OB議員に対し、矢野氏に手帖を返還するよう命令。
さらに、公明党OB議員の行為によってプライバシーが侵害されたとする矢野氏の主張も認め、公明党OB議員に対し、連帯して矢野氏に三百万円支払うよう命じたのである。
司法まで平気で欺く卑劣さ
これぞ学会・公明党の体質
かつて創価学会が犯した写真偽造事件にも通ずる、公明党OB議員らによる音声データの変造――。
しかも、今回は司法を欺(あざむ)くための、証拠の偽造である。いったい、この組織には良識というものがないのか。じつに呆(あき)れ果てた、そして許し難(がた)い暴挙ではないか。
今回の判決を受けて、学会員ジャーナリストの柳原某なる者は、インターネット上で
「請求金額が減額……」
などという、負け惜しみにもならない苦しい言い訳を書き殴(なぐ)っている。
まさに反省なき輩(やから)の吹き溜まりのようなものだ。
我々は、このような創価学会・公明党の体質を見過ごすことなく、どこまでも追及していかなくてはならない。
【慧妙平成21年4月16日号より転載】