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2016年 7月1日
大石寺を詐称する 顕正会からの脱出④
浅井昭衛 顕正会・会長 の品性下劣な正体
この目で見た、表と裏のギャップ
塔中・百貫坊法華講 元・顕正会本部壮年部長 石井 伸之
『慧妙』一月十六日号で、顕正会によるニセ本尊乱発について述べ、二月一日号では、歪曲(わいきょく)と捏造(ねつぞう)で塗り固められた顕正会の歴史を暴(あば)きました。
今回は、一般会員が知らない浅井昭衛の本当の姿を明らかにしたいと思います。
会員を見下す態度に愕然
顕正会員には、=「大聖人に弧忠(こちゅう)貫く無二の師匠」と言わせ、集会等で皆に伏せ拝をさせる浅井昭衛は、ハッタリとずる賢さに長(た)け、金銭への執着心が強く、嘘(うそ)を平気でつける、下品で卑劣な男です。この男の傍(そば)にいると、自ずと気分が悪くなるばかりか、人間不信に陥りかねない程でした。
当時、主任理事であった浅井の長男・克衛が、浅井昭衛に忠誠を尽くす意味について話をしたことがありました。その主旨は、「自分たちが逆立ちしても、大聖人に直接忠誠を貫くことはけっしてできない。だから、大聖人様に対し弧忠貫かれる先生に忠誠を尽くし、その忠誠心が、先生を介して大聖人に通じるのである」というもので、大聖人に忠誠を誓えるのは会長ただ一人だと、会員に刷り込み、思い込ませ、服従させるのです。
かつて、会の中で身に覚えのない罪を着せられ詰問された幹部が、「大聖人様に誓ってそのようなことはありません」と勇気を出して浅井昭衛に反論した時、「気安く大聖人と言うな!」と一喝され、「おまえ達に私の真似(まね)ができると思っているのか!!」と罵(ののし)られました。このような言葉で会員を恫喝(どうかつ)できるとは、完全に会員を見下しているとしか、言いようがありません。
会員を見下しているといえば、大宮の本部会館で行なわれた初めての日曜勤行終了後、表玄関から出てくる大勢の会員を見て、浅井昭衛が「うぉ~!ウヨウヨいるな」と、いやらしい笑みを浮かべながら、まるで虫か蟻(あり)でもいるかのように言い放ったのです。それを間近に見た時、「え?いま、会員のことを何て言った?」と、頭の中が「?」でいっぱいになったのを憶(おぼ)えています。
表の大言壮語と裏の本音
顕正会員は、「会長は、私達を守ってくださる」「地震や災害で被害を受けても、私達一人ひとりのことを真剣に考えてくださっているから大丈夫」等と、浅井昭衛の虚像を本気で信じています。
大宮に本部会館を建てた直後のことですが、浅井は「朝鮮半島で動乱が起きた時、北朝鮮の武装難民が大挙して日本海を渡り、新潟・北陸方面に上陸する」とか、「大地動乱の時代に突入した。いつ、どこで大地震が起きてもおかしくない」等と得意の演説を繰り返しながら、「その時は、この新本部会館に逃げてきなさい」「水はある。食べ物もある。この新本部会館は、あらゆる災害に対応し、万全な準備をしてある。安心していらっしゃい」と、まるで会員の命を守るために建てた、日本で唯一のシェルターであるかのような大宣伝を繰り返していました。
これを聞き、当然、その気になった会員は大勢いました。しかし、その後、本部会館一階大会議室で「災害対策委員会議」なるものが開かれ、そこで、またもや浅井昭衛の正体を見ることになりました。
なるほど毛布・乾パン・レトルト食品・防災用グッズ等、いろいろと揃えているようで、浅井昭衛からも「顕正会では、いざという時のために、これだけのものを用意してあると、皆に伝えてほしい」との話がありました。しかし、ここで全会員を収容するにしては、明らかに絶対量が足りない、と感じたのは私だけではなかったはずです。
そして、さらに浅井昭衛から、驚くべき発言がありました。
「皆が本部会館に避難してきても、水はたっぷりある。これは心配ない」
「休むところは、男子・壮年は公園で野営。女子・婦人は会館内」
「食事は、朝・夕一人おにぎり二つ。三日分でよい」
「多く出して住み着かれては困るからな。あっはははは」と。それを聞いて、当時の総合女子部長と婦人部長も、楽しそうに大声で笑っていました。
「安心して避難してきなさい」と言いながら、「公園で野営」「食料はおにぎり二つ」「住み着かれては困る」等と、高笑いしながら言い放つ姿に、やりきれない気持ちが込み上げてきました。
たとえば、新潟の顕正会員が交通機関麻痺状態で、埼玉の本部会館にたどり着くのに何日を要するのか?やっとの思いで本部会館に着いても、そこで待っているのは……。人を馬鹿にするのもいい加減にせよ、と言いたい。
その後、私は座談会等で「いざという時のために、自分達のための準備は自分達でしよう!」と、話して歩きました。当然のことです。
古参幹部達の哀れな末路
また、話は変わりますが、何故、顕正会には古参幹部が現役で残っていないのでしょうか。浅井昭衛が言うように、大聖人様の御遺命を死守した唯一の団体が顕正会だけで、ただひたすら大聖人仰せのままに五十有余年、正しく進んできた、というのなら、妙信講解散当時、血判状に名を連ねた幹部達は、その後どうなったのでしょうか。学会本部襲撃に参加した当時の男子部員は、現在どうなっているのでしょうか。浅井に言われるまま、顕正会に人生の全てを賭けてきた人達は、その後どうなったのでしょうか。
ある時、古参幹部の一人で、大阪を中心に活動していた当時の大塚地区部長A氏(総務兼任)が、突然の病に倒れた時のことです。私は、「何故、妙信講時代から頑張ってきた人が……」と驚いたのですが、愕然としたのはその後の展開です。浅井は、突如として、A氏の大阪での活動実績を否定し、さらに、そこで贈収賄の不正があった(そもそも、宗教団体の末端組織で、いったいどのような贈収賄があるというのでしょうか!?)などと言い出し、病気で倒れたことは「当然の罰だ」と決め付けたのです。
この一例からもわかるように、浅井昭衛は、顕正会一筋に人生を重ねた古参幹部が、病に倒れ、経済苦に陥り、家庭崩壊を招いている姿を、新しい会員に知られたくない、真実を新しい会員に気づかれてしまうのを恐れているのです。
同時に浅井昭衛は、古参幹部が表舞台に出ることを嫌います。何故かといえば、古参幹部は正真正銘の生き証人だからです。
たとえば顕正会では、御宗門で行なわれている御開扉を「不敬」などと盛んに言っていますが、顕正会が宗門の一講中・妙信講だった頃は、「皆で登山して御開扉を何度も受けた」との話を、私も古参幹部から幾度も聞いています。
その他、学会本部襲撃事件に加わった本人達の生々しい証言が、浅井昭衛の記述と全く食い違っていること等々、「古参の人間に余計なことを言われてはかなわん」というのが浅井昭衛の本音なのです。
ですから浅井昭衛は、第一線にいる古参幹部の言動にはそうとう神経を使い、婦人部や女子部を使って情報収集をしていました。そして、役職から外すきっかけを見つけ出すや、今までの態度を豹変(ひょうへん)させ、古参幹部をとことん追い詰め処分するのです。そのやり方は、「えげつない」の一言です。
昔から続く会員洗脳の常套手段
広布御供養と称される十二月の集金(本来、在家だけの団体である顕正会が「御供養」などと称すること自体に問題があります)も、「上限は八万円。それ以上は受け取らない」と言いながら、出せば喜んで受け取ります。私自身も八万円以上の金額を出していましたし、相続した遺産や満期になった保険金を、全て顕正会に収めた会員も少なくありません。
また浅井昭衛にとっては、顕正新聞の購読料も、大事な財源の一つです。浅井の次男で、宗教法人顕正会の現代表である浅井城衛が、男子部幹部時代、「顕正新聞の購読料も第二の御供養だから、部数はけっして減らさないように」と言っていましたが、もちろん、これも浅井昭衛の意を受けての発言です。
浅井城衛直轄の四国の隊がありました。「誓願」の名のもとに、一人で百部以上の顕正新聞をとらされ、サラ金で多額の借金をして購読料を支払っていた部員が、座談会で私に相談をしてきました。
その借金は返済能力の限界を超え、父親からも退会を迫(せま)られ、大変悩んでいました。
その部員は、浅井城衛に「利息が膨(ふく)らみ、返済が間に合いません。枠もいっぱいで、これ以上の借金はできません」と懇願(こんがん)したにもかかわらず、「他で借りられるところを探して、最低でも部数の維持はしろ!」と言われていたのです。
浅井親子には、会員の苦しみを汲む慈悲など微塵(みじん)もなく、顕正会への入金が全てなのでしょう。
多くの会員が、常識で考えても必要をはるかに超えた部数をかかえ、その負担に悲鳴を上げている現状を知り、その相談を受けながら、「第二の御供養だから」と言い捨て改善をしない。この事例は、浅井親子にとっての顕正会員が、ただの金蔓(かねづる)である、という証拠であります。
現役顕正会員の皆さんに申し上げます。「顕正会の活動が日本を救う」などという妄想は捨ててください。顕正会での活動は、個人が不幸になるだけでなく、周りにも深刻な悪影響を与えます。
これ以上、自分の人生を浅井昭衛に奪われてはいけません。日蓮大聖人の仏法こそ最高の教えであると信じ、戒壇の大御本尊様を唯一無二と信じるのであれば、偽本尊を平気で祀(まつ)り会員の命を食い物にする顕正会を即刻脱会し、一日も早く正義に目覚め、日蓮正宗に帰依されることを強く願います。
この顕正会脱会手記が、多くの人たちの人生を狂わせる浅井昭衛の本性を暴(あば)き、騙(だま)されている顕正会員を一人でも多く救い出す一助となることを願ってやみません。
「水滸会記録」を検証する!!」改題
(85回)
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